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コンナサウナができるまで

2019年
平成の世が終わりをつげ
新たな令和という時代に突入していく

まさにこの年、三代目社長としてバトンを受け継ぎます
37(サウナ)歳でした
決算期が12月なので、3/4は終わってます
もう三か月ほど続けることはできなかったんでしょうか・・・

この時はまだ、サウナを仕事としようなんて思ってもみませんでした
なんだかサウナが流行ってるみたいだな
くらいの認識です

その年の年末、中国でなにやら不穏なウイルスが・・・
翌2020年、新体制となり希望に燃えて臨んだ年
どうやっても「コロナ」がつきまとうわけです

2020年はコロナへの対応や慣れない社長業でバタバタした一年でした
社屋移転計画を行っており道内初の純木造4階建の社屋を建てる予定だったので、長野県に視察に行ったりしてます

翌2021年、社屋移転に暗雲が・・・
ウッドショックにより、計画が難航
結果・・・断念します


コロナ禍による影響は、建設業はスパンが大きいので3年くらいは何とかなるのではないかと思ってました
ただ、コロナが明けるもしくは当たり前になってからが厳しいなと
まだ体力のあるうちに何か手を打たなければ…

手を打つといっても
何を?
基本的に工務店以外の仕事を知りません
このままでも数年は持ちこたえられる資金を祖父から
仕事が少なくなっても耐えられる術を父から受け継ぎました
じっと地下に潜って耐えに耐える
それも一つの選択肢だと思います

でも、それだと何の問題解決にもならず
受け継いだ資産を食いつぶしているだけ
誰でもできる
何より「つまらない」

座して死を待つよりは、出て活路を見出さん

そうだよな
耐えるって言うと聞こえはいいけど、単純に思考を放棄しただけ
まずは無い知恵絞って考えよう
と思うわけです

少なくとも
・会社のミッションに則していること
・本業とシナジーを見込めること
・アフターコロナを見据えた事業
・自分がやりたい、得意なこと
・拡大性があること
が必要だなと考えました

社屋移転を断念するとともに、新事業を立ち上げることにしたのです!

家とサウナとワタシ~閑話・オジサウナ編~

さて、5歳からスタートしたサウナライフですが次のサウナの日で42歳となります
一般的には「オジサン」と呼ばれる年齢かと思いますし、身体の衰えを感じることもあります

そして、サウナとの向き合い方も変化してきて
「身体に負荷をかけるような入り方は極力しない」
ようにしています

温度は60~70℃程度で
蒸気で体感温度を上げ
水風呂絶対主義をやめ
水分補給はしっかりと
行うようにしています

そんなぬるい温度で
なんて思われるかもしれませんが、こまめなロウリュで湿度を高めにしてあげれば体感温度は高く感じられます
同じ猛暑日でも、北海道と東京では体感温度が全然違うのと同じ理由です

長時間入ることができ、深部体温もしっかり上げることができますので、マイナス10℃の外気でしっかり休憩することが可能です
空や木々、風に対して幸せや感謝を感じたり、若いころにはなかった感覚があります

IMG_2592_compressed.jpg
当然ですが、家のサウナは準備を自分でしなければなりません
火をつけ、水を準備し、タオルやマットも自分で交換します
準備からサウナがはじまるのです
面倒だけど、楽しい

自分で料理する感じに似ているというか
まずはさむーいサウナで火をつけて、ゴウゴウと燃える炎を愛でて
その時の気分で温度やアロマを変えてみたり、ハットやタオルを選んだり
シャワー浴びて、水汲んで、ポンチョ着て
外に出る

ぐあぁ
しばれる・・・
って思いながら、シンと澄んだ真冬の空気を吸い込んで
いざサウナへ

まだ暖まり切ってないサウナ室
40℃を超えたあたり
とりあえず水をザバザバと掛ける
ゆっくりながらもジウジウと音を立てるストーブ
しっとりとした熱が室内に広がる
少し冷えた身体が少しづつ温まっていく
さながら煮込み料理のよう

そのまま数十分
芯から暖まって、外へ
少し座って星空を見上げながら休憩
前髪が凍った頃合いで薪を持って中へ

薪をくべて、さらに室温を上げる
60℃を超えたあたり
このくらいが一番ちょうどいい
そのままでもじんわりと汗が出るし、水を掛ければ凶暴な蒸気が襲ってくる
全然つらくない
サウナが息苦しい、すぐに出ちゃうって人はこのくらいの温度の薪サウナに一度入ってみてほしいとも思う

私は湿度高めのしっとりサウナが好きなので、ロウリュは2~3分おきにストーブに向かって投げる
文字通り「投げる」
水の塊をストーンの直情に置く、乗せるイメージ
外れても気にしない
自分のための自分のサウナだ、誰に気を遣うわけでもない

これを何度か繰り返すわけですが
何回やらなきゃダメって決まりもない、水風呂なんてなくてもいい、頭や顔はどうしても熱くなるので雪で洗顔して頭に乗せておけばいい

数年先、子ども達と一緒に入れたらいいな
ちょっと大人になって、中々本音で話せなくなるかもしれないけれど
サウナでは本音で、たわいもない親子の会話をしたい
自分がそうだったように

家とサウナとワタシ~働きだす編~

紆余曲折を経て、無事?に学校を卒業し、社会に出ることになった私
当然ながら働かなければなりません

この時期は、夜飲み歩く→サウナ泊ってのが多かった気がします
今はなき、スパサフロ
すすきので飲んだくれ達がたくさんいました・・・

その後、結婚するとさすがに夜通し飲み明かすってことはほとんどなくなり、休日に疲れを癒すための銭湯サウナが多くなります
元町あたりに住んでたので、こうしんの湯やたまゆら系列によく行っていた記憶
件の「意識なくなりかけ事件」が発生したのは東苗穂のたまゆらだったりします

この頃はもっぱら「湯」メインで、ジェットバスや電気風呂で肩こりや背中のハリを何とかしたい・・・
ちょっとリフレッシュにサウナ
って感じでした

お金もなかったので、近場の銭湯に行くのがメイン
色んな施設を回るなんて時間もお金もなかったんです…

たまの休みの贅沢な時間
それが銭湯でした

家とサウナとワタシ~親・兄弟編~

私が小学校に入学直前からサウナのある家で育つわけですが、両親と弟とワタシの四人家族だったわけです

今考えると、風呂場が約8帖(4坪)、サウナに水風呂用の浴槽を完備した張本人
父親がまず変わってると思います
工務店の二代目社長を務め、現在は悠々自適な生活をしている父
前にも触れましたが、基本的にコミュニケーション能力があまり高くないです。
仕事上はやむなく話をしなければならない反動からか、家族との会話はそんなにありません。
我々は「察知」しなければならないのです

1980年代後半から、家サウナを満喫し、ウッドデッキで外気浴
暖房は薪ストーブ一択で、自家製ベーコンやウインナーを作ったりもする
現在は家を建て替え、電気サウナと薪サウナの二刀流で楽しむ
そんな人間です
変わってますよね・・・
そんな父に40数年寄り添ってきた母も同じく変わってると思います

そして弟
もちろん変人です

学生時代に帰省し、何となく
「フロでも入りに行くか?」
弟を誘って今はなきパール温泉へ
到着した途端に
「あ、財布忘れた」
絶対に確信犯だと思います

先に上がった弟
探していると・・・
「兄貴、こっちこっち」
何かジュースでもおごってくれって言われるのかなと思いましたが
その手には「ソフトクリーム!」
え?財布忘れたんじゃ・・・
もしや、ソフトクリームおごってくれるとか??

なんて期待は淡く去り
「兄貴、カネカネ。これ(ソフトクリーム)の代金払って」
え?あ、うん

お金を持たずに買い物するという発想がないワタシ、ちょっとパニックに陥りながらもお金を支払います
いやいや、お店の人も代金もらわずに商品渡しちゃダメでしょうよ!

男兄弟なので、めちゃくちゃ仲良しってことはありませんが
仲が悪いってこともありません
こんな感じの家庭でした
プロフィール

ジュウケイカク

Author:ジュウケイカク
住計画FURUTA
〒080-2469
北海道帯広市西19条南2丁目25-4
TEL:0155-35-5181

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